2009年01月02日

なぜ「子供の音楽教室」だったのか?(1)

ふと...「教室の沿革」を書いて見たくなりました。
何せ遡る事20年近く前になりますので、記憶に定かでない部分もありますが、少しずつ書いて行こうと思います。

私自身、20代前半よりプロのジャズピアニスト等として活動を始めた訳ですが、同時にヤマハのデモンストレータやインストラクター、またCMやイベント等の音楽制作・演奏等々をやりつつ、何とか音楽を生業として生きていました。

ところが30代に入り、バブルが弾けた頃から仕事も段々と減り、二度目の結婚をしたばかりだった事もあり、真剣に先々について考える必要に迫られていました。

「音楽を生業とする」と云えば、多少は聞こえは良いのかも知れませんが、要は「何の保証もない、その日暮らし」ですから、いつまでも「その日暮らし」が出来る訳でもありません。

何とか安定した収入の道を模索する事になりましたが、当時は家内がヤマハ音楽教室の講師を務めていた事もあり、ひょんな事からヤマハ音楽教室を自分達で始める事となりました。

しかも専用の教室を建てる事から始めた為、とにかく初めての事だらけで大変な毎日だったと記憶しています。

まずは、建築家探しから始めました。
なかなかこれは!という人に出会えず、結局は計画をスタートして建物が竣工するまで約3年を要しました。

教室の立地は、幸いにも名古屋でも有数の高級住宅地で、戦前は別荘地として有名な場所です。
そのような場所にオープンする訳ですから、半端なものでは当然成功する事は有り得ません。
また周囲には数多くのピアノ教室もあり、大変な激戦区でもあります。

そこでまずは「どのような教室にすべきか?」を考える事にしました。

(続く)

posted by ハロハロ at 01:00| 🌁| 教室沿革 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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